もう日本人はバラバラなのだ。 だから、この新しい時代には、 「バラバラな人間が、価値観がバラバラなままで、どうにかしてやっていく能力」が求められている。 平田オリザ著 「わかりあえないことから」コミュニケーション能力とは何か に書かれている言葉が刺さった。 ♢言葉とコンテキスト 知的障害者とともにシェアする暮らし をはじめて2年。 「コミュニケーション」の在り方をもう一度考える。 発せられる言葉や書かれた言葉だけで理解しようとすることには限界がある。 なぜなら、その言葉には、その人の本当に伝えたいことは反映されていないから。 言葉ではなく、コンテキスト(言葉の裏にあるその人の本音)を読み取らないといけない。それは行動であり、表情であり、前後の言葉との関係性にあるのだと思う。 言語というものは、曖昧で、無駄が多く、とらえどころのない不定形なもの。 だからこそ「言語」に頼りすぎてはいけない。 ♢社会的弱者と言語的弱者 子供や障害者に代表される社会的弱者は、他者に対して、コンテキストでしか物事を伝えられない。 そして社会的弱者と言語的弱者は、ほぼ等しい。 それでは、社会的弱者と呼ばれる人と一緒に生きていくために、僕達に求められているのはなんだろうか? 平田オリザさんの言葉を借りながら3つのことを考えた。 ①異なる価値観と出くわしたときに、物怖じせず、卑屈にも尊大にもならず、粘り強く共有できる部分を見つけ出していくこと。 ②論理的に喋る能力を身につけるよりも、論理的に喋れない立場の人びとの気持ちをくみ取れる人間になること。 ③コンテキストを共有し、それぞれを理解し、なんとか助け合いながら生きていくこと。 こうやってコミュニケーションスタイルを見つめなおしてみると まだまだシェアする暮らしは工夫ができるし、可能性があると思える。 話しかける環境・話しかけやすい環境とは何かを考え少しでもコンテキストを共有しやすい環境を整えていきたい。育ってきた環境が違う多様な人が集まる家だからこそ、どうにかして分かり合うための工夫を続けていく。 ♢でもすべて分かり合う必要はない 最後に、平田オリザさんは、心からわかりあえるコミュニケーションを求めることを否定する。 「いやいや人間はわかりあえな...