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わかりあえないことから-シェアする暮らしのコミュニケーション-

もう日本人はバラバラなのだ。 だから、この新しい時代には、 「バラバラな人間が、価値観がバラバラなままで、どうにかしてやっていく能力」が求められている。 平田オリザ著 「わかりあえないことから」コミュニケーション能力とは何か に書かれている言葉が刺さった。 ♢言葉とコンテキスト 知的障害者とともにシェアする暮らし をはじめて2年。 「コミュニケーション」の在り方をもう一度考える。 発せられる言葉や書かれた言葉だけで理解しようとすることには限界がある。 なぜなら、その言葉には、その人の本当に伝えたいことは反映されていないから。 言葉ではなく、コンテキスト(言葉の裏にあるその人の本音)を読み取らないといけない。それは行動であり、表情であり、前後の言葉との関係性にあるのだと思う。 言語というものは、曖昧で、無駄が多く、とらえどころのない不定形なもの。 だからこそ「言語」に頼りすぎてはいけない。 ♢社会的弱者と言語的弱者 子供や障害者に代表される社会的弱者は、他者に対して、コンテキストでしか物事を伝えられない。 そして社会的弱者と言語的弱者は、ほぼ等しい。 それでは、社会的弱者と呼ばれる人と一緒に生きていくために、僕達に求められているのはなんだろうか? 平田オリザさんの言葉を借りながら3つのことを考えた。 ①異なる価値観と出くわしたときに、物怖じせず、卑屈にも尊大にもならず、粘り強く共有できる部分を見つけ出していくこと。 ②論理的に喋る能力を身につけるよりも、論理的に喋れない立場の人びとの気持ちをくみ取れる人間になること。 ③コンテキストを共有し、それぞれを理解し、なんとか助け合いながら生きていくこと。 こうやってコミュニケーションスタイルを見つめなおしてみると まだまだシェアする暮らしは工夫ができるし、可能性があると思える。 話しかける環境・話しかけやすい環境とは何かを考え少しでもコンテキストを共有しやすい環境を整えていきたい。育ってきた環境が違う多様な人が集まる家だからこそ、どうにかして分かり合うための工夫を続けていく。 ♢でもすべて分かり合う必要はない 最後に、平田オリザさんは、心からわかりあえるコミュニケーションを求めることを否定する。 「いやいや人間はわかりあえな...

見沼福祉農園-都市の中で創造的に生きるヒント-

恵比寿から埼京線に乗り、1時間弱。東浦和の駅からバスで20分程のところにある見沼福祉農園。 農園といっても市場で謳い文句となっているオーガニックでもないし、スローライフを志している人たちの集まる場でもない。 何か定義付けされている場ではなく、この場所をどのように意味づけるかは参加者に委ねられているのがオモシロイ。 無目的な場に多様な人が関わり対話を繰り返していく場が居心地が良い。 大学教授・学生・社会人・小学生・フリーター 都市に暮らす人、埼玉に暮らす人、福島の人、島根の人 自然という不確実な環境の中で、一緒に土を耕し、火を囲み、 多様な人を取り込みながら場をつくっている。 この農園にあるのは、 一度のお金とモノの交換で終わってしまう【消費】ではなく、 多様な個人が場に主体的に関わりながら意味づけを行なっていく【参加】 この参加に価値を見出し始めている人が集まっているのだと思う。  都心で暮らしていると、ボタン一つで電気がつき、火がつき、匂いや音をつくることもできる。すごく便利だけれど、自分の身体が弱くなっていく。 弱くなっているというより、変化に対する対応力が鈍くなっている感じかなな。 暴風の中暴風の中農園で作業をしていた感じたこと。 都心では都心で学ぶ機会がなくなっている、【生きる知恵】を自然と人と対話しながら学ぶことができるのが見沼福祉農園なのだろうと思っている。 ・バーゲンセール(価格) ・わかりやすいキャッチコピーつきの商品(言葉) という用意されたもので判断して動くことはできない。 ・人の声 ・音・色・匂い・触感 といった不確実なものを確かめながら判断していかないといけない。 意味づけされたものを消費するのではなく、意味を自分たちでつくっていくことが創造的に生きるということだと思う。あくまで自分の感覚だけれど、都心で暮らし続けていると、創造的に生きる感覚が鈍ってきている。 だから、これから恵比寿で築く地域コミュニティを、都市の中にある農園とつなげていこうと思っている 意味づけを先に行うのではなく、場に関わり、対話を繰り返していく中で、プロジェクト...

TELABO

お寺って何をしに行く場所でしょうか? 京都や鎌倉へ観光、お葬式、除夜の鐘etc どちらかというと生活の中でフラッと立ち寄るような場所ではないかと思います。 お寺をフラッと立ち寄れる、身近な場所にできないか、と考え中です。 明治学院大学の学生時代に、ボランティア学という「白金の地域活性」をテーマとした、ちょっと変わった講師陣たちによる授業の中で出会ったお寺の副住職さんと恊働で取り組むプロジェクト。 プロジェクト名は「TELABO」 お寺がラボラトリーのように深く考えコラボレーションが生まれるような場にしていきたいという思いからTELABOというネーミングに。 TELA=寺 LABO=ラボラトリー →テラにヒトが集り、話してコラボが生まれるような場に。 プロジェクトのはじまりは、学生時代に出会った副住職さんのこんな思いから。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- 日本にはお寺が7万6千近くある。(ちなみに日本のコンビニの数は45000店)それだけ多く存在するお寺が社会的な役割を失っているのではないか。お寺で接するのは檀家さんが主で、理解してもらえるかわからないお経をあげることが仕事。 ただ、お寺の役割ってもっと広いのではないか。 もともとは寺子屋という言葉があるように、教育の場として、駆け込み寺という言葉があるように、相談の場として、ドラッカーが最古の非営利組織としてお寺を例に出しているように・・・ 社会の課題を解決する場として機能していたはず。 それが、お経をあげるという機能だけが残ってしまいがまったく人と向き合えていないのではないか、もっとお寺を地域に、一般市民に開かれた場にしていきたい。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- こんな副住職さんの思いを聞いてしまい学生時代からずっと関わり続けています。 個人的に、お寺という場の有効活用は地域のコミュニテ...

構想日本フォーラムから考えるシェアハウス

先週の金曜日に参加した構想日本のフォーラム〜孤住から集住へ 暮らし方から社会のあり方を問い直そう〜に登壇者として参加させてもらった。http://www.kosonippon.org/forum/backnumber.php 学びが多すぎてまとまってないが、思うままに言語化してみる。 フォーラムに一緒に登壇させて頂いた、他人と暮らす若者たち (集英社新書)著作 大阪大学大学院助教・久保田裕之さんからの言葉が興味深かったので、以下の言葉 について考えてみる。 「私たちは第一の能力(個人の能力)を磨きすぎた結果、第二の能力(他者に支援を求めたり、交渉したりする力)が衰えてしまった。放置しておくと、本人だけでなく、社会問題になりかねない」と。 それではこの第二の能力はどうやったら育てることができるのか? との質問があり、こう答えた。 久保田先生の言う第二の能力を育てるためにルールに依存しないことが 大切なのではないか。 このルールの例として月1回の入居者ミーティングをあげさせてもらった。 シェアハウスでは定番となる定例ミーティング。 もちろん月一度の入居者ミーティングは必要。 そこでの議論や全員が顔を合わせることによる安心感はコミュニティを支える。 それでも、僕が月1回のミーティングを例に出したのは、ルール化されたミーティングよりも、日常性、即興性の高いコミュニケーションを大切にしていくことの大切さを感じているから。 ルールをつくらない=意図的に余白をつくる 全てを決めないことで、参加者に判断を委ねることができる。 あえてグレーな部分を残すことでコミュニケーションが生まれる。 余白がなければ、考えなくなり、他者への想像力は衰えていく。と僕は考えている。 構想日本のフォーラムは僕は何でシェアハウスに住んでいるんだっけ? ということを改めて考える機会になった。 何でシェアハウスなのか? あえて考えてこなかったこの問い。 自分の中で当たり前と感じていたシェアする暮らしをもう一度捉え直してみた。 一人だと寂しいから、居場所がほしいからシェアハウスに住みたい。もちろんその要素はあると思う。 ただ、シェアハウスをもっと広い意味で考えると、実用性の...

個人的なこと スリランカを思い出す

じゃあ、ぱれっとでインターンをする? 大学3年の6月にとっさにかけられたこの一言で 僕の人生は大きく方向転換する。 ソーシャルビジネスというキーワードはあったものの 障害者福祉に興味をもっていたわけではなく ただ当時の理事長の人柄に惹かれてインターンシップをはじめた。 サッカーしか知らなかった僕が、社会との接点を考え始めたのがこの頃 このままでいいのかと危機感を覚えながらも どうアクションを起こしていいのか悩んでいた僕を救ってくれたのは 文化人類学を教える大学の先生とNPO法人ぱれっとの当時の理事長 7月にインターンシップをはじめ8月にはスリランカへ行くことになる。 スリランカPlette 障害者は守られる存在 障害者が働くなんてとんでもない そう考えられていた仏教の国スリランカの福祉事情に挑んだ9年間 ぱれっとがスリランカに入り、障害者を雇用し、仕事を教え、マーケットで勝負できる商品をともにつくってきた。 障害者本人が変わり、親がわかり、村が変わったと最後に聞く。 障害をもつメンバーの一人は、スリランカPaletteで働く前は 家にこもっているだけだったけれど 働き、お金を稼ぎ、数年後にはバイクを買って通勤するようになったらしい。 スリランカは内戦があり、マーケットは厳しく事業継続は難しくなった。 その時の研修は それでも、スリランカの大手製菓会社が特例子会社をつくって 障害者雇用を行うことになった。 ぱれっとは社会を変えるための種を蒔いたのだなと実感して帰ってきた。 ソーシャルイノベーションとは何なのかを肌で感じた 僕がやりたかったのはこれなんだろうと直感したのがこの時だったなと振り返る。 世界には変えていかなければいけない現実がたくさんあって それはだれかが動かないと変わらない 自分に何ができるかわからないけど 変化を起こしていく一人になりたいなと漠然と考えていた。 僕が全く異質だと感じていた異国の地の障害者が 自分の仕事、コミュニティに誇りをもっている その光景が今でも目に焼き付いている 最近、自分がどこに向かっているのかがわからなくなってきた ので原体験を...

NPO法人ぱれっと インターン報告 人と出会い、社会を考え、自分を見つめなおす

1年前、まだ学生だった頃、NPO法人ぱれっとでのインターン終了後に書いた文章。 僕が学生時代にインターンをしていたのはこちらです。 http://www.npo-palette.or.jp/index.html 自分の原点がどこにあるのかを読み返しながら考える。1年前の自分を振り返り、今の自分を見つめなおす。 【ぱれっとと出会う前の自分】 大学 3 年までの私は体育会サッカー部に所属しサッカーに明け暮れる毎日でした。幼稚園の頃から続けてきたサッカーに熱中する大学生活も楽しかったのですが、変化の少ない毎日にどこか物足りなさを感じていました。そして大学 3 年となると就職活動が始まる時期です。自分が本当にやりたいことがわからないまま、就職活動を始めることに強く不安を感じていました。このままでは駄目、何か行動を起こさなければと危機感だけは強くもっていたのを覚えています。 【ぱれっととの出会い】 そんななかで、「ボランティア学」という明治学院大学の一般教養科目の授業でビジネスの手法を活用して社会問題の解決に取り組む「ソーシャルビジネス」という言葉に出会いました。このボランティア学は、社会起業家と呼ばれる人たちが講師となる授業です。ぱれっとの理事長であり、明治学院大学 の OG でもある谷口さんは、この授業の講師の一人でした。この授業を通した谷口さんとの出会いが、 1 年間のインターンシップにつながり、私の人生を大きく変えることになります。 【学びと自分自身の変化】 私の好きな言葉。「世の中には、大きく分けると「イエス」と言う傾向のある人と、「ノー」と言う傾向のある人がいます。「イエス」と言う人は、冒険を手に入れ、「ノー」と言う人は、安全を手に入れます。」 1 年間のインターンシップでは、自分にとって学びにつながることには、可能なかぎり「イエス」と言って行動しようと思っていました。学ぶ意欲だけはだれよりも持っていたと思います。 ● 8 月のスリランカ研修、 11 月にシンガポールで行なわれたアジア知的障害会議への参加、ぱれっとの新しい家づくり計画に実行委員(「ぱれっとの家 いこっと」立ち上げ委員会)として関わる、たまり場ぱれっと運営ボランティア、雪あそび実行委員長、アメリカ研修。振り返ると、本当に密度の濃い日々を過ごし...

【シェアする暮らし】箱に入っていた私を蕾から羽ばたかせてくれて ありがとう

入居者からのメッセージ ぱれっとつうしん3月号の、声をきかせてに記載されている、いこっと入居者、通称「姫」の文章をご紹介。 ちなみに、姫とはシェアハウス内でのあだ名です。 僕がつけたわけではありません・・・・ ぱれっとの家「いこっと」 共同生活を始め一年半。様々な事を教えてもらいました。 色々な行事にも参加できました。 いこっと1周年パーティー、フォーラム、 ハロウィン、クリスマスパーティー。 初めての事ばかりで多くの方々と出会い、パーティーで おもてなしをする事も勉強になりました。 共同生活をして辛い事があります。別れです。 出会いが少なかった私は一緒に暮らしたからこそ思い出もあり別れが辛かったです。 人との出会いで自分の趣味も見つかりました。ピアノです。 両手で弾く素晴らしさを感動し、私も弾きたいと習い事をし 素敵な先生にも出会えることが出来ました。 エレクトーンは中古で買いました。 最後に私は、私を大きく成長させてくれた事。 仲間の大切さ。思いやり。を教えてくれた事、当たり前のようで 出来なかったことが出来るようになった事。 嬉しく思います。大事な親友も出来ました。 本当に本当に箱に入っていた私を蕾から羽ばたかせてくれて ありがとうございました。 感謝します。 障害のある人とない人がともに暮らすシェアハウス「 いこっと 」 全く価値観、年齢、性別が異なる人間が一緒の暮らす中で、お互いの関係性や、考え方が日々変わっていくのは面白い。

いこっとの暮らしとコミュニケーション

昨年の4月からNPO法人ぱれっとが運営する、障害のある人とない人がともに暮らす家いこっとに暮らし始めて、来月で1年が経ちます。 いこっとの入居者に支えられて、一人暮らしでは経験できないような豊かな暮らしをさせてもらっているなと自分でも感じています。 きょうは、この1年のシェアする暮らしを振り返ってみようと思います。 いこっとが立ち上がった背景 いこっとは知的障害者と健常者がともに暮らす家。 障害のある人にとって、親亡き後の生活は施設に入居するという選択肢をとることがほとんどです。 なぜかというと、一人暮らしするという選択肢がないから、環境が整っていないからです。 いきなりの一人暮らしとなると、知的に障害のある方にとって、食事、お金の管理など難しい部分がでてきます。 そこで、シェアハウスで健常者とともに暮らすことで、お互いに生活の中で困っていることを助け合う関係性を築きながらも、障害をもった方でも自立した生活ができるようにというアイデアをもとにいこっとが立ち上がりました。 詳しくは いこっとホームページ を参照 多様な人が一緒に暮らすことについて 多様な人が同じ家で暮らすということはそんなに簡単なことではありません。障害をもっているもっていないに関係なく、他者を尊重し配慮しながら生活をつくっていくとなると、様々な壁にぶつかります。 ・掃除をやる人に偏りがでてきてしまって不満がたまってしまう ・共有スペースの使い方に個人差があり、認識のズレから喧嘩になってしまう 問題も毎月のように出てきます。 問題の原因のほとんどが、コミュニケーションがとれていないこと。。 悩みを一人で抱え込んでしまったり、相談しないまま自分の考えで進めてしまったり。。 多様な人が暮らしているからこそコミュニケーションが大切になってきます。 生活に馴染んだコミュニケーションの大切さ いこっとは障害のあるなしに関係なくお互いが助け合う暮らし。 お互いが支え合うには、コミュニケーションをとることが何よりも大切です。 ただ、コミュニケーションといっても、相談にのったり、会議をしたりといった大袈裟なものでなくていいと思います。 「おはよう」 「きょうの仕事はどうだった?」 「土日は何するの?...

シェアハウスを地域とつなぐ

自分自身、恵比寿でシェアハウス暮らしを始め1年。 障害者を含め、多様な人と関わり合いながら生活を創る暮らし方に 豊かさを感じながらも、少し立ち止まって考えることが多くなっています。 昨日は入居者の親を含めた懇談会を行いました。 http://bit.ly/xX1sok 僕が暮らすシェアハウスいこっとが立ち上がり2年が経過しようとしています。 ・障害のある人とない人がともに暮らす取り組みが、どのような変化を生み出しているのか ・現在の課題は何か 親御さん、入居者本人、スタッフ、多様な参加者の声に耳を傾けながら考え、整理をしました。 話し合いの中で出てきたキーワードとしては 「人間関係」 「健康」 「自立」 個人、個人が抱えている問題は様々で、一緒に暮らしていても気づけていないことも多かったです。 最近は、個が抱える多様な悩みや問題は、家という点ではなく、地域やまちという面の視点で捉えないと解決しないのではと考えるようになってきました。 障害のある人とない人が一緒に暮らして、生活の中でお互いを助け合うといっても ・仕事との兼ね合い ・プライバシーの確保 などを考えると限界があります。 一緒に暮らしている人同士の関係性だけではなく、地域やまちとの関係性から問題を捉えないと、持続性のある取り組みにはならない気がしています。 と、このようなことを考えていたときに、大学のときに一番お世話になった先生が面白いブログを書いていました。 大学教授のブログ 「コレクティブ・タウンということ」 http://blogs.dion.ne.jp/coppe/archives/10637933.html 以下、ありむら潜「ゆるやかにつながるコレクティブ・タウン:「孤族」社会への提言」(ココルーム実験双書「釜ヶ崎 暮らしと居場所」より。 「釜ヶ崎はいわば天然のコレクティブ・タウンだ。  一般住宅でいえば、コミュニティ・センター的ハードもそうだが、犬の散歩を通じて自然発生する井戸端会議や近隣の助け合い等もコレクティヴな事象である。北欧発のコレクティヴ・ハウジングが「種物にコミュニティ(まち的要素)を組み込む」に対して、「まち(コミュニティ)を住まいの一部として」とらえる。コレクティブ・タウンの成立要件は、...

シェアする暮らしの共有備品

僕が暮らしている障害のある人とない人が一緒暮らすシェアハウスいこっと 本日入居者ミーティングが行われ そのテーマは「共有備品って何?」 いこっとでいう共有備品とは、シェアハウスの共有スペースで活用する生活必需品のこと(この定義は曖昧ですが)毎月共有備品代を入居者全員から集めて、生活に必要なものを購入します。 なぜ共有備品をテーマに話し合いが行われたかというと・・・ 何が共有備品で何を私有物とするかが、入居者同士で認識が違って お金も関わる部分なので一度、明確化することが大切だよねという話になったためです。 なかなか話合うと面白いものもあったので共有します。 たとえば「掃除道具」「洗剤」「お皿」 ここらへんは皆で使うし、共有備品とすることは全員納得 「バランスボール」「写真」「お花などの装飾品」 絶対に生活に必要なものではないけど生活を豊かにするもの ただ、切り詰めて生活をしている人もいるから すべて備品代で支払うのは難しいよねと。 個人の趣味が含まれる場合は、プロジェクト性にして 興味のある人がお金を出し合って購入することに決定。 それでは「米」「調味料」 米は皆食べるから共有備品 調味料は・・・ 料理を普段からする人は調味料にこだわるけれど 普段料理をしない人は、最低限のものでいいよねと。 共有備品とするのは基本の 「さしすせそ」+α 砂糖、塩、酢、醤油。その味噌は個人でもっているから いこっと流のさしすせそを作ろうということに決定。 「町内会費」 町内会費ってそもそも払っているんだ・・・ 費用は1人年間200円。 それなら共有備品代で支払って問題ないよねと。 「洗濯機の修理費」 だれが壊したのかによるのではないか? 運営側との契約内容はどうなっているか? などなど次回の入居者ミーティングで検討することに。 その他にも「カレンダー」「ピアノ」「シャンプー・ボディーソープ」など色々と出ていましたが割愛。 自分は個人的なものも共有してしまったほうが生活が豊かになるのではと考えていますが 当然その考えは人によってそれぞれ違います。 自分の考えを押し通しているだけで...

あなたとわたし わたしとあなた 知的障害者からのメッセージ

僕が学生時代から関わっているNPO法人ぱれっと 2月に小学館から出版された絵本 「あなたとわたし わたしとあなた 知的障害者からのメッセージ」 の出版記念パーティーが恵比寿のギャラリーで行われました。 ギャラリーの壁に並んだ写真を見ていて、自分がぱれっとに関わり障害者に対する考え方が変わってきたプロセスを振り返る。 ぱれっとに関わる前は自分にとって障害者は特別な存在。小学校のときにもクラスに知的に障害をもった人がいたけれども、同情的な感情をもって接していたのを覚えている。 ちょっと深く関わるのは面倒・・・ そんな偏見を変えてくれたのがぱれっととの出会い。 ・障害者って特別な存在ではなく、当たり前にそこにいる人 ・多様な人がいるから面白い、違いがあるから面白い ・完璧な人なんていないから、できないことはお互いに支え合えばいい ぱれっとにインターン生として関わり、現場から知的障害者のメッセージを受け取ることができた自分は幸運だったなと改めて感じました。 ぱれっとのミッションである 「障害の有無に関わらず、だれもが当たり前に暮らせる社会を目指す」 あなたにとって障害者は身近な人ですか? あなたにとって当たり前な暮らしとは何ですか? いま社会に必要なことは、ぱれっとが立ち上がった30年前とあまり変わっていないのではないかな・・・障害者を守る福祉から、障害者を社会に押し出す福祉への発想の転換 この発想の転換をするためには、まずは自分の身近にいる障害者との関係性を考え直すことから始めることが大切だと思います。 この本をより多くの人に読んでもらい、身近にいる障害者の存在を考えてもらいたい。 この本にのっている写真は現場からのメッセージ、社会を変えていくためのメッセージが込められています。 あの小さなギャラリーの中で共有されていた温かさが広げることができれば、もっとだれもが住みやすい豊かな社会をつくれるのではないかと思います。 記念パーティーの最後に披露されたダンス

OPEN IDEO から東北と恵比寿を考える

2011年は「シェア」をキーワードに、シェアハウスで暮らし、Web業界で働きソーシャルメディアの活用について考え、NPO法人コレクティブハウジング社の活動に携わらせてもらったりと様々なところに顔を出させてもらいました。 2012年は、2011年に拾ったものを少しづつ未来につなげていきたいと考えています。 今、私が注目しているサービスを紹介したいと思います。 国際的デザインコンサルタント会社であるIDEOが開発した「 Open Ideo」という オープンプラットフォームです。 → http://bit.ly/chJea6 英語ですが、どのようなサービスなのかがわかりやすく動画で紹介されているので ご覧ください。 ◆デザイン思考を復興にどのように活かすか 時間がある方は、下記のTED×Tohokuで語られた、 「ヒューマン・センタード・デザイン」の考え、そして震災後の東北におけるその活用に関する動画をご覧ください。 ・世界からみて今後の日本に期待されている役割 ・デザインという手法をどのように復興後の課題に活用していくか デザイン思考の手法自体に目新しいものはないけれど この講演の中で最後に投げかけられている問いに強く共感 市民中心発想/デザインで復興を成し遂げるためにはどうするべきか? 市民中心発想を行うためにヒントとなるのが、最初に紹介したOPEN IDEO。 [みんなのアイデアで世界を変える オープンプラットフォーム]というコンセプトは WEBを活用した、社会デザインや復興を考える際に、参考にさせてもらいたい。

恵比寿と浦和の暮らしを考える

昨年からスタッフになっている農園の合宿に参加 「家・より広い共同性・どう支え合っていくのか?」の暮らしの側面の課題を議論する中で、4月から住み始めている「いこっと」の話をする 建物をつくるハード面は、企業の協賛を得てつくることは可能であるが、問題は、障害者をうまくサポートする仕組みをどのようにつくっていくのかというソフト面だという話になる。 そもそも障害のある人にも健常者にとってもニーズはあるのか? 高齢化が進んだ時にどうするのか? ヘルパーをどのようにつけるのか? etc・・・ もし、いこっとにヘルパーさんが一緒に住むなら何か問題があるか?という質問があった・・・ 問題ないかもしれないけど、一緒に住んでいる健常者が住みにくくなるんじゃないかな。 生活の中で、少しだけでも他者を思いやったり、気にかけたりすることで、個人ではなく一つの共同体の中で生きていることを実感できるのがいこっとのよさだと思う。 ここらへんが、しっかりとサポートするヘルパーさんがいるとどう変わってしまうのだろうか? 過度のサポートは負担になるのかもしれないけど、生活の中で少しだけ相手のことを考える時間は自分にとってプラスになっている。 ソフトの部分は曖昧で言語化しにくい部分も多いから議論も難しい まあ、これはやってみないとわからない。 必要なのは問題点を出したり、理想を語ることではなくて、問題意識と理想をもって動き出すことなのだと思う。 ソフトの部分はすぐに整備されるわけではないし、長期的な視点をもって議論を重ねる中で一つ一つ積み重ねていけばいいと思う。いこっとでも最初はゼロからスタートし、ワークショップを重ねる中でソフトの部分はつくり上げてきた。必要な資源をかき集めながら、思考錯誤を繰り返す中で一つの形をつくり上げた。 ただ、長期的な視点をもって取り組む際に一番必要になってくるのは様々な資源を組織化できる人。強い思いをもって周りの人を巻き込むことができる人が必要。 義務的に働く人というよりは、暮らし方の問題に対して強い当事者意識をもって取り組める人 周りを巻き込み、引っ張っていく人がいれば、スキルをもった人や資金は後からでもついてくるのではないかと思う。 そして、一つの地域や個別のもので完結するモデルではなく、社会を変えていくモデルをつくっていく...

第29回えびす雪あそび合宿

2月19日、20日、毎年恒例のえびす雪あそび合宿にで行ってきました。 総勢66名で長野県北佐久郡立科町へ 朝7時過ぎに恵比寿駅東口に集合する。久しぶりに登場するボランティアを捕まえてひたすら話しかける人、いつもと変わらぬマイペースぶりを発揮し通行人の邪魔をしてしまう人がいたりと朝の恵比寿駅を騒がしくしてからバスに乗り込む。 今回はバス2台(トイレつき) こんかい僕の隣に座ったのはつっちーさん。この隣に座る人と落ち着いて話ができるのは宿泊行事の良さ。つっちーさんは忍者が趣味で道場?に通っているらしいこと、フェイスブックもやっているとのことだったのでその場で友達になる。45kmの渋滞という表示がでていたにも関わらず、スムーズに進む。昼食をバスの中で食べ、ほぼ時間通りに立科白樺高原ユースホステルに到着する。 ついてからは、早速昼プログラム開始。昼プログラムはスキーコース、そりコース、クロスカントリーコース、のんびりコースの4つにわかれる。僕が参加したのは初の取り組みであるクロスカントリーコース。クロスカントリーには23人の人が参加する。スキーより簡単で少し練習すれば、スキー初心者の人でも雪の上を滑れてしまう。板を履くのに苦労し、最初はみんなずっこけていたため、最初はどうなるかと思っていたが、以外とみんな上達。普段できない体験だったため満足度は高かったようです。 クロカンは終わった後はみんなぐったり、宿にもどりのんびりコースと合流する。のんびりコースは本当に宿の中でゴロゴロ・・一番人気だともうわさされるコース。やることがきまっていないため、床暖房がきいた床に座ってのんびりする。 のんびりと休憩した後は温泉へ。「すずらんの湯」。バスに45人しか乗れないのに45人以上の人が行きたいと言うので大混乱。出発が遅れてしまい、温泉に入ったのは30分だけでした。反省・・ 帰ってきてきて夕食を取った後は夜プロ。 2日目 いつもは朝早い人は4時半とかに起きてきて他の参加者の睡眠を妨げる人がいるため、今回は僕が朝係として5時くらいに起きてスタンバイ。しかし、だれも起きてこない・・・疲れていたのだろうか。2日目は早朝散歩からスタート。疲れている中みんな朝6時半に起きて近くの女神湖まで散歩に行く。 朝食を食べ終わってからは、2日目の昼プログラム開始。...

凧揚げ&書き初め大会

1月31日(月) たまり場ぱれっと1月開放日「凧揚げ大会」を代々木公園にて開催しました。 寒さのなか参加者は40人以上集まり さらに、代々木公園らしさを活かして一般の人を巻き込む (なんで代々木公園はあんなに混沌としていて、何をやっても許される雰囲気があるのだろうか?) 広場へ着くまでのルートには 芝生で寝転がっている人 劇を演じている人 歌を歌っている人・・・・ 広場にブルーシートを広げ、昼食をとり、豆まきを行い、習字大会をやって、凧を揚げる 習字では今年の抱負を書いてもらう 「開発」「日本脱出」「技術力向上」「あったかホーム」「習字」 真剣に書く人、思いつきで書く人、冗談交じりで書く人 それぞれの個性が出ておもしろい 隣でシャボン玉職人が大きなシャボン玉をつくり、子供たちが追っかけまわしている 日本らしい凧に引き寄せられて外国人が集まってくる 英語を話せるボランティアが声をかけ外国人も一緒になって凧を揚げる 途中雪(初雪だろうか)が振って風も強くなってきたため 早めに切り上げる 久しぶりの開放日担当であり、他の企画を抱え、バタバタしているなかでつくってきた 備品にぬけが多く、課題は多くのこったが 自分自身が今年一番大切にしたいと思っている 「関係性から生まれる個性」を 描き初め、凧揚げから生み出せたのではないかと思う 良い開放日だった・・・今年もたくさんの笑顔が生まれるたまり場をつくっていきたい