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【発想の種】イノベーションの方法論より先にリーダーシップを

野中先生の「知識創造企業」や「イノベーションの作法」を読んでいて、 イノベーションを起こすためには方法論(デザインプロセス)より先に 「人」に着目する必要があるなと思うようになっています。 今年に入って、コンセプトメイキングの手法やプロセスを勉強してきたけれど プロセスより先に「イノベーターの考え方、仕事に取り組む姿勢」を、もっと学ぶ必要があると感じています。 (結局は「人」ということだけなのですが・・・) 組織的知識創造のファイブステップ もちろん方法論は大切で、知識創造のプロセスはもっと実践する必要があるのはわかっています。 イノベーションにつながるコンセプト作成(知識創造)のプロセスを野中先生は下記の5つのステップにまとめています。 暗黙知の共有 コンセプトの創造 コンセプトの正当化 原型(アーキタイプ)の構築 知識の転換 このプロセスが前提にあるとして、どうすれば、このプロセスを実行できるのか? を考えたときに、「人」に行き着きます。 知識創造を方向づけるビジョン ここから方法論より人という話について。 「イノベーションの作法」で紹介されているイノベーターたちが必ずもっているのは自らの理想を追求する姿勢=ビジョン。 「自分たちは何のために存在するのか」を自分自身、チーム、組織内、社内を超えて問い続けている。 コンセプトやイノベーションはカッコイイものキレイなものでは決してなくて 貪欲なまでに理想を追求する姿勢、覚悟が必要だと感じています。 野中先生の著書には、イノベーションを生む「SECI(セキ)モデル」が提唱されているが その後には「リーダーがいかに高質な暗黙知を有しているか」が何度も強調されている。 「SECI(セキ)モデル」について リーダーシップが中心にないと機能しないのは、Webマーケティングにて良く用いられる「PDCAサイクル」を考える上でも同様なのだと思います。 エスノグラフィー、参加型デザイン、ソーシャルリスニングなど、ユーザーと密に関わっていく手法は注目を集めていますが、 手段が目的になっては意味をなさないと思います。 「深い問いをもってユーザーと関わる姿勢」 こればあ...

イームズのデザイン・ダイアグラム

1969年にパリのルーブル美術館で開催された展覧会「デザインとはなにか?」のために デザイナーとクライアント、そして社会の関係性を示すダイアグラムを描いたそうです。 こちらです。 右下に描かれているのが、デザイン・ダイアグラム。 イームズの仕事観がわかります。 どういったものかと言うと ①もしここがデザイン事務所の興味と関心事を示し ②ここがクライアントの真の関心領域で ③ここが社会全体の重要な関心事であるとしたら ④これらの重なり合うところこそ、デザイナーが強い気持ちと熱意をもって打ち込める部分である・・・・。 イームズたちにとって仕事とは、クライアントや社会に<合わせる>ことではない。 自分を含むその全員が<一致する>領域を見い出して、そこに情熱と確信を投入することだった。 なるほど。 仕事を考える際には、3つの問いが必要だということ。 ①自分自身と向きあえているか? ②クライアント(他者)と向きあえているか? ③社会と向きあえているか? 自分がやりたいことが先走り過ぎると、エゴになる 相手のことだけを考えすぎると、つらくなる 社会と向き合っているだけでは、理想だけになる 自分、他者、社会 このバランスをうまくコントロールすること。 いい塩梅を探って仕事に取り組んでいきたいものです。 正月休みの東京最終日は、鎌倉で過ごしました。 自分の仕事はなにか? 自分と向きあえているか、他者と向きあえているか?社会と向きあえているか? 考えるヒントはもらいました。 あとは自分次第です。

武相荘を訪れる ディシプリン(規律)ではなく、常にプリンシパル(原則)とコモンセンス(良識)を大切にする生き方に学ぶ。

小田急線鶴川駅から徒歩15分ほど武合相を訪れる。 武合相は、白州次郎と正子の旧邸。 ディシプリン(規律)ではなく、常にプリンシパル(原則)とコモンセンス(良識)を大切にする生き方に学ぶ。 白州次郎は戦争が始まり鶴川に引っ越して、田舎暮らしをはじめた。日本が戦争に負け、食料難に落ち入ることを予測してのことだったらしい。戦後は、吉田茂の側近としてGHQ と渡り合い、「 従順ならざる唯一の日本人 」と言わしめたことで有名である。 「カントリー・ジェントルマン」=田舎紳士として、地方に住み、農業に精を出しながら、中央の政権に目を光らせる。政権を離れてからは、東北電力の会長に就任し、軽井沢ゴルフ倶楽部の会長として働く。 学生時代はケンブリッジに留学して、英国流の思想を身に付け、留学時代の語学力を活かして内閣総理大輪のブレーンとして働いてしまうような、一言で表すとものすごい人。 17歳で高級車を親からプレゼントされて、乗り回してしまうような人ですから・・・ 個人的には、文化活動に従事した白州正子さんも好きなのですが、 白州次郎さんから、日本人として、男として学べることを考えてみる。 ◆プリンシパルをもって生きる ディシプリン(規律)ではなく、常にプリンシパル(原則)とコモンセンス(良識)を大切にする 亡くなる5年前に書いた遺言書にはこんなことが書いてあった。 ・葬式無用 ・戒名不要 このダンディーな男は、死ぬまで自分の生き方を貫いた人。 自分らしくありたい・・・とは誰もが口にすること。 ただ、自分らしくあることは、覚悟が必要であり、そんなに簡単ではない。 ◆モノへのこだわり 車へのこだわりをもっていたことは有名です。 また、車だけではなく、お洒落だったそうです。 武相荘に置かれているモノは妻の正子さんのモノもあるだろうけど、一つ一つがこだわりがある。 ちなみに、農業をやりつつ、趣味は大工だったそうです。 お洒落もカスタムあっての着崩しで、白州にとっては服装も車と同じで、単なる道具ではなく、生き様を投影した生活の大事なパーツだったのだ。   人にどう見られるかではなく、ファッションも車も自分の生き様を表現する手段。 武相荘を訪れると、生活の空間に...

スティーブ・ジョブズ スタンフォード大学感動スピーチ 〜イノベーションのヒント〜

何百回と見てきたこの動画 仕事に取り組む姿勢見つめ直すために 人生と向き合うために 全訳 I am honored to be with you today at your commencement from one of the finest universities in the world. I never graduated from college. Truth be told, this is the closest I've ever gotten to a college graduation. Today I want to tell you three stories from my life. That's it. No big deal. Just three stories. The first story is about connecting the dots. I dropped out of Reed College after the first 6 months, but then stayed around as a drop-in for another 18 months or so before I really quit. So why did I drop out? It started before I was born. My biological mother was a young, unwed college graduate student, and she decided to put me up for adoption. She felt very strongly that I should be adopted by college graduates, so everything was all set for me to be adopted at birth by a lawyer and his wife. Except that when I popped out they decided at the last minute that they really wanted a girl. So my parents, ...